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広島地方裁判所 昭和22年(ワ)93号 判決

原告

河野且元

外一名

被告

廣島縣農地委員會

主文

原告等の請求は、これを棄却する。

訴訟費用は原告等の負擔とする。

請求の趣旨(抄)

被告國との關係において、別紙第一目録記載の農地が原告キヨカの所有であることを確認する。被告農地委員會が昭和二十二年九月二十三日及び翌二十四日別、紙第二目録記載の農地に付なした買收についての裁決は、これを取消す。

事實(抄)

瀨戸田町農地委員會は、昭和二十三年七月三十日別紙第一目録記載の農地は原告且元の所有に屬するもの、別紙第二目録記載の農地は原告且元所有の小作地であると認め、その結果原告且元所有の農地は自作農創設特別措置法第三條第三號により中央農地委員會の定めた廣島縣における農地保有面積一町七反歩(一町八反歩の誤りと認める)を超えるから、別紙第二目録記載の農地はこれを買收すべきものとして、買收計畫をたてた。しかしながら、右買收計畫には後にのべるような違法の點があるので、原告且元は同年八月六日瀨戸田町農地委員會に對し異議の申立をしたところ、同委員會は同月二十六日右申立を却下した。原告且元は更に同年九月九日被告農地委員會に對し右買收計畫決定の取消を求める訴願したところ、同委員會は同月二十三日及び翌二十四日右訴願を却下する旨の裁決をした。しかしながら、被告農地委員會の右裁決は、左記第一、第二にのべるような違法の點があるからこれを取消すべきである。

第一 本件買收計畫は、昭和二十一年十月二十一日法律第四三號自作農創設特別措置法、同法施行令、同法施行規則にもとづいて定められたものであるが、(一)右法令は地主から農地を強制的に買收してこれを小作人に賣却するものであるから、公共のために私有財産を用いるものというを得ないし、(二)その買收價格は買收當時の他の諸物價に比し、又農地開墾の費用及び收穫物の價格に比し著しく低廉であつて、正當な補償というを得ないから、右法令は基本的人權として財産權の不可侵を規定する憲法第二十九條に反するのであつて、憲法第九十八條第一項により効力を失つたものといわなければならない。從つて、既に失効した前記法令にもとづき定められた本件買收計畫を容認した被告農地委員會の裁決は違法である。

第二 假に前記法令が有効であるとしても、本件裁決にはつぎのような違法の點がある。

(一) 別紙第一目録記載の農地は、昭和十八年二月六日原告且元からその三女である原告キヨカに對し分家をするための分地として全部贈與したものである。その後、原告キヨカが昭和十九年八月二十五日分家し、昭年二十年十月十五日永井哲三と入夫婚姻した後は、同人等夫婦は原告且元と別居して右農地を自作してきたが、右贈與による所有權移轉登記手續が未だにすんでいないので、便宜上原告且元名義で供米してきた。しかしながら、右農地は前記のように原告キヨカの所有するところであるから、これが原告且元の所有であることを前提としてたてた本件買收計畫を容認した被告農地委員會の裁決は違法である。

(二) 原告且元は別紙第二目録記載の農地のうち、田一畝十五歩と田一反二十六歩を中山寅吉に、田一反三畝十七歩を寺田君三に賃貸していたが、瀨戸田町農地委員會の承認を得た上、昭和二十一年十二月末日限り各賃貸借契約を合意解除してその返還をうけ、爾來自作してきた。しかるに、瀨戸田町農地委員會は昭和二十二年七月三十日、別紙第一目録記載の農地は原告且元の所有に屬するもの、別紙第二目録記載の農地は原告且元所有の小作地であると認め、その結果、原告且元所有の農地は自作農創設特別措置法第三條三號により、中央農地委員會が定めた廣島縣における農地保有面積一町七反歩(一町八反歩の誤りと認める)を超えるから、別紙第二目録記載の農地はこれを買收すべきものとして買收計畫をたてた。しかしながら、右買收計畫は、原告キヨカ所有の農地を原告且元の所有と誤り、原告の自作地を小作地を小作地と誤つて定めたものであるから、これを容認して被告農地委員會の裁決は違法である。

理由

瀨戸田町農地委員會が原告等主張の日時、原告且元所有の別紙第二目録記載の農地につき、自作農創設特別措置法第三條第三號により買收計畫を定めたこと、これに對し原告等主張のように原告且元が異議の申立をしたところ、同委員會が却下の決定をし、更にこれに對し同原告が被告農地委員會に對し訴願を提起したところ、却下の裁決があつたことは、當事者間に爭がない。

そこで右裁決に原告主張のような違法の點があるがどうかにつき判斷する。

第一  先づ、自作農創設特別措置法にもとづく農地の買收計畫の決定が、原告主張のように憲法第二十九條に反するかどうかにつき判斷する。

(一)  自作農創設特別措置法は、政府が一定の農地を買收し、これを買收の時期においてその農地につき耕作の業務を營む小作農その他命令で定める者のうち、農業に精進する見込のある者に賣渡すことによつて、急速且つ廣汎に自作農を創設せんとするものであることは、同法第一條第三條、第十六條等の規定によつて明らかである。そして、同法による事業が、農地調整法の運營と相俟つて、「耕作者の地位を安定し、その勞働の成果を公平に享受させ」更にこのことによつて、「農地生産力の發展」と「農村における民主的傾向の促進」とを實現するものであることは、たやすく肯認し得るところである。これを以てみれば、自作農創設特別措置法による事業が公共事業であることは明らかであるから、同法による農地の買收は憲法第二十九條第三項にいわゆる「公共のため」である、といわなければならない。

(二)  自作農創設特別措置法第六條第三項によると、農地買收の對價は、原則として、田については地租法による賃貸價格の四十倍、畑についてはその四十八倍の範圍内でこれを定める、旨規定してあつて、同法第十三條第三、四項によると、買收する農地の所有者に對し、その農地の面積に應じて一反歩當り、田については二百二十圓、畑については百三十圓を基準とし、その農地の收量位置その他の状況を參酌して、主務大臣の定めた額の報償金を交付する旨定めてある。右のような基準を定めるについては、中庸田について、自作農の反當生産費(反當生産米の價格から生産諸掛費及び公租公課の負擔額を控除したもの)から四分の利潤を控除した地代相當部分たる二十七圓八十八錢を國債利廻三分六厘八毛で還元した自作收益價格七百五十七圓六十錢を、中庸田反當りの賃貸價格十九圓一錢で除して得た三九、八五を四〇に引直し、畑については、昭和十八年三月勸業銀行調査の田の賣買價格七百二十七圓に對する畑の賣買價格四百三十九圓の比率である五十九%を田の自作收益價格に乘じて得た四七・九を四八に引直し、以て田畑についてそれぞれ自作收益價格の現行賃貸價格に對する倍率を求め、これによつて、個々の農地について簡易に自作收益價格を算出することができるようにしたものであることは、頭著な事實である。又報償金は普通田の水稻反當實收高を二石せし、これに基準小作料率三割九分を乘じて得た七斗八升を地主價格である石當り五十五圓で換算した四十二圓九十錢を前記國僅利廻りで除して還元した。地主採算價格と自作收益價格との差額二百二十圓九十三錢の端數を切捨てて得た二百二十圓を田の報償金とし、畑については、前記の田に對する畑の賣買價格の比率を乘じたものを畑の地主採算價格とし、これと自作收益價格との差額百三十圓三十五錢の端數を切捨てて百三十圓としたものであることも亦、顯著な事實である。そこで、前記のような自作收益價格に報償金を加えたものが農地買收の正當な補償ということができるかどうか、につき判斷する。

(イ)  元來土地を收用する場合の損失補償には、原則として、土地の一般取引市場における時價を含まねばならぬことは、公平の觀念から當然であるが、農地については、農地調整法第四條により賣買の統制があるほか、同法第六條の二による價格の統制があるから、一般取引市場における時價というべきものはなく、農地の取引價格は右統制額の範圍内で定めるべきものである。そして、右統制額は昭和二十一年一月十六日農林省告示第一四號により、前述の農地買收の對價決定の基準と同一に定めてあるから、自作農創設特別措置法の定める農地買收の對價決定の基準は、合理的な根據にもとづいて算定されたものというべきである。

(ロ)  農地の所有權は從來全面的にこれを支配する權利であつたが、農地調整法がその處分の制限(第四條)、(使用目的變更の制限(第六條)、土地取上の制限(第九條)、小作料の金納化(第九條の二)、小作料の統制(第九條の三から九まで)、小作契約の書面化(第九條の十)等の規定を設けたことによつて、地主の農地所有權は統制された小作料を徴收する權能を殘すのみとなり、更に自作農創設特別措置法が、農地を收用して前記のように、現に耕作の業務を營む小作農に對してこれを附與せんとしていることから推すときは、農地所有權の本體は農地を自ら耕作して利用收益することにある、と解すべきである。從つて地主か自作中の農地を買收することによつて生ずる損失の補償は、前記のような自作收益價格を以て正當であるといわなければならない。そして、地主から小作農地を買收する場合の損失補償については前記のように地主採算價格と自作收益價格との差額を報償金名義で地主に交付するのであるから、農地買收の補償は正當であるといわなければならない。

(ハ)  自作農創設特別措置法の制定後、昭和二十一年度産業及び昭和二十二年度産米について政府買入價格(生産者價格)が農家購入物資とのバリテイ計算にもとづき、それぞれ石當り五百五十圓、千七百圓と定められたことは顯著な事實であつて、それは主として生産コスト高によるものであるとはいいながら、自作農の純收益がおのづから增加することも考へられる。他方、自作農制定後インフレの昂進に伴い貨幣價値が暴落を續けて居ることも亦顯著な事實であつて、買收さるべき農地の所有者が受けとる對價は、その時期の前後により公平を缺くに至ることは當然考えうるところであるから、米價その他の諸物價の引上げに應じ、その都度前記の倍率を引上げない限り、これによつて行われる對價の支拂は正當な補償ではないのではないかと一應考えられる。しかしながら、この度の戰爭において我が國がポツダム宣言を受諾して無條件降伏をした結果、同宣言の趣旨に從い、平和國家を確立するため、民主々義的傾向の復活強化を圖るべきことは、我が國にとつて當面の喫緊の責務であるが、敗戰による政治、經濟、社會全般にわたる極度の混亂に拘らず、自作農創設特別措置法の制定及び農地調整法の改正により農地改革を急速に實現して、農村の經濟民主化を企圖したことは、右責務遂行の現れである。これに鑑みるときは、インフレの昂進に伴い米價その他の諸物價を引上げる都度、前記の倍率を引上げることは、廣範な面積についての買收の完了を著しく遷延することを免れないので、前記目的の實現に甚だしい障碍となるばかりでなく、財政の破綻に瀕している我が國及び極めて不利な小作條件の下に貧困且つ零細である小作農の到底堪えられないところであつて、かような状況の下において、買收さるべき農地の所有者が、公共の福祉のため、或る程度の犠牲を愛忍すべきことは、止むを得ないところである。農地買收の對價が憲法第二十九條第三項に定める「正當な補償」といいうるかどうかは、前述のような客觀的情勢を考慮にいれて、これを認定すべきである。以上のように考察すれば、自作農創設特別措置法による農地の買收は「正當な補償の下に、公のために」行われるものというべきであつて、憲法第二十九條の規定に反するところは全くないのである。

第二

(一)  原告等は、別紙第一目録記載の農地は昭和十八年二月六日原告且元から原告キヨカに贈與して引渡をすましているから、これが原告且元の所有であることを前提として定めた買收計畫を容認した被告農地委員會の裁決は違法である、と主張する。しかしながら、右贈與による所有權移轉登記手續をしていないことは原告等の自認するところであつて、農地調整法附則第二項によれば、私人相互の間で農地の所有權を讓渡する場合は、昭和二十一年十一月二十二日までに移轉に關する登記及びその農地の引渡のいづれもが完了していなければ、同日以後は同法第四條の定める地方長官の許可がない限り讓渡の効力を生じないのであるが、右贈與について地方長官の許可があつたことの主張及び立證のない本件においては、別紙第一目録記載の農地は依然として、原告且元の所有に屬するものというべきである。從つて、右農地が原告且元の所有に屬するものと認定してその買收計畫決定を容認した被告農地委員會の裁決は適法であるから、原告等のこの點に關する主張はこれを採用しない。

(二)  原告等は、別紙第二目録記載の農地は、昭和二十一年十二月末頃、所有者である原告且元と、小作人である中山寅吉及び寺田君三との間で、瀨戸町農地委員會の承認をえて賃貸借契約を合意解除したから、これを小作地として定めた買收計畫を容認した被告農地委員會の裁決は違法である、と主張する。しかしながら、原告且元が右賃貸借契約を適法に解除するには、農地調整法附則第三項、同法施行令附則第六項により、昭和二十二年十月三十一日までは地方長官の許可をえることを要し、この許可のない契約解除はその効力を生じないのであるが、前記契約解除につき地方長官の許可をえてないことは原告の明らかに爭わないところであるからこれを自白したものとみなすべく、從つて未だ解除の効力を生じていない、といわなければならない。前記農地を原告且元所有の小作地と認定した被告農地委員會の裁決は適法であるから、この點に關する原告等の、主張はこれを採用しない。以上の認定により明らかなとおり、別有であつて、原告キヨカの所有でなく、又被告農地委員會の裁決には何等違法の點がないから、被告國との關係において、別紙第一目録記載の農地が原告キヨカの所有であることの確認を求め、被告農地委員會との關係において、裁決の取消を求める原告等の本訴請求は、いずれも失當として、これを棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負擔につき、民事訴訟法第八十九條、第九十三條第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(目録 省略)

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